一橋ICSでは博士課程であるDBAプログラムもありますが、実際のDBAプログラムがどういったものなのか語られる機会がほとんどありませんでした。今回はDBA卒業生の髙岡明日香さんとのインタビューの第二弾です。(前回の記事はこちら)
博士論文では過去10年間の日本企業の不祥事について分析し、定量的な要因と定性的な背景を洗い出しました。データソースとしては、不祥事データ、不祥事後に執筆される第三者調査委員会報告書、財務データ、役員四季報などです。まずは、取締役の属性と不祥事の関連について定量的なパネル分析を行いました。くわえて、不祥事が起きる根本原因を特定すべく、取締役会の構成のみならず、不祥事が起きた組織の不健全なパワーバランスについて、数字の後ろにある背景について、定性分析をしました。
ただ、実は入学時には、別の研究をしていました。実際いくつか定量調査もしたのですが、なかなか有意な結果がでず、博士論文として執筆するには弱いだろうということになり、途中で上記のテーマに変更した次第です。
博士論文の定量分析は、本当に豊富なデータ(10年程度)に基づいた分析でないと十分ではないので、品質のよいデータの入手が極めて重要です。また日本では、企業不祥事についての学術研究はまだまだ過渡期であり一方で企業不祥事が急増している社会的背景があるため、重たい内容ではあるものの、取り組む意義のあるテーマだと思いました。
最後の博士論文の執筆は大変でした(笑)。中退される学生のほとんどは、単位を全て取得したにも関わらず、この最終フェーズで頓挫されるようです。指導教授は研究に対して多大な示唆や支援をくださいますが、データ収集、分析などの細かい部分に関しては自分が執筆者である以上、一人で進めていくしかありません。小野浩教授からいただいた言葉-博士論文から三冊の本や三本の論文がかけるくらいのコンテンツがないと博士論文としては認められない-がとても印象に残っています。これくらい深く研究テーマと向き合う必要があるため、本当に興味があり多くの時間と労力を投資することを厭わないテーマでないと、恥ずかしくない博士論文を書き上げ修了するのは厳しい世界だと思います。
プライベート、仕事とのバランス
バランスは最後まで取れませんでした(笑)。家族には負担と犠牲を強いた5年間でした。DBAを開始した当初はアジア事業の責任者という立場であったため、海外出張も多く、週6日は働いていました。そのため最初の3年間は、週6日仕事をして週1日授業に参加し、長期休暇や祝日を勉強に当てるという生活でした。一方の博士論文は、小間切れでなく「まとまった」時間がないと書きあげられないという思いに至り、コンサルティング会社から現職のビジネススクールの教員の仕事に転じました。最後の一年間は実質、24時間のうち博士論文に7割、教員としての仕事に3割という時間配分で博士論文に没頭しました。私以外のパートタイムの学生を見てみても、皆ある一定の期間休職する、仕事の負荷を下げるなど、まとまった時間を確保して博士論文に取り組んでいるように思います。また個人的な意見ですが、博士修了後にアカデミアに進みたいのであれば、フルタイムでの進学をお勧めします。もしもう一回DBAをやるとしたら、私はフルタイムで進学し、3年で修了するように計画すると思います。
一橋ICSのDBAで人生の師に出会えた
一橋ICSでは教授やゼミの同級生や先輩との関係が大変密で良好です。この家族のようなコミュニティから学ぶことが非常に大きかったです。博士論文コミッティの教授達には修了後の今も、研究指導を頂き、一緒に論文を書かせて頂いています。また、私が長年過ごしたコンサルティング業界は男性社会だったということもあり、なかなかロールモデルとなるような女性に出会えませんでした。一橋ICSには、教授や先輩に女性のロールモデルがたくさんいらっしゃるため、彼女達から研究内容への示唆のみならず、人生やキャリアのアドバイスを頂けたことに感謝しています。今振り返ってみると、自分が心から尊敬する師を目指して、師に指導頂きながら日々研鑽し続ける姿勢(Relentless pursuit of excellence)を得られたことが、1番の収穫です。
仕事を続けて歳を重ねていくと、仕事は熟練していく一方で、徐々に成長が鈍化していくような危機感を感じることがあると思います。そんな中で入学した当時40歳だった私が、歳を重ねてもまだまだ成長できると思えたこと、40歳でまた0から学び新たな人生の目標を得ることができたことに感謝しています。
最後にアドバイス
人生100年時代の昨今、人生後半戦に何を目指すのか、何がやりたいのか、棚卸しをされる方は多いと思います。その目標に一橋ICSのDBAが資するのであれば、怯むことなく挑戦すべきだと思います。私が長らく過ごしたコンサルティング業界では50歳位で別の道へ進まれる方が大半です。そのあとの人生に迷われる方も少なくありませんでした。私は50歳以降、やりたいことやれることが更に溢れる人生にしたいという思いが強く、DBAでの学びがその基盤となるだろうという確信があり挑戦した次第です。
前述の通り、目標を高いところに置き続ける尊敬できる師や先輩との出会いが一橋ICSで得られた大きな財産です。大学、大学院、職場のどこよりも、DBAのコミュニティでそんな出会がありました。
DBAは決して楽な道ではありませんでしたが、やり遂げられたことは自分の自信になりました。それだけでもDBAを取得した価値があったと感じています。DBA進学に伴うリスクもありますが、ご自身の中で、DBAを取得する確たる理由があるのであれば、是非挑戦してほしいと思います。