Byline ICS

2022年 ICS教授陣の推薦図書 | 小野 浩

作成者: Byline ICS|Apr 22, 2022 6:15:00 AM

一橋ICSの小野 浩先生に2022年おすすめの推薦図書をうかがいました。

1. ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論 |

デヴィッド・グレーバー

「本書のメッセージは、そのタイトルと同様に挑発的である。良い仕事とは、充実感があり、目的意識があり、世の中に貢献しているという満足感を与えてくれる。しかし、現実には、世の中の4割以上の労働者は良い仕事とは程遠い、社会的価値のない仕事をせざるを得ない状況にあるとグレイバーは主張する。そのような仕事は、いわゆる「くだらない仕事」であり、彼は次のように定義している。「完全に無意味で、不必要で、有害で、従業員本人でさえその仕事の存在を正当化できない雇用形態を指す。」もし、bullsh*t jobが消えても、誰もそれに気づくことはないだろう。

この本にある、bullsh*t jobの特徴とはなんだろうか?典型的なものは、雇用を維持するために創られた仕事であり、公共部門の仕事によく見られるものである。仕事が簡単に自動化できるにもかかわらず、組織ができるだけ多くの人を雇用し続けたいがために、存在している仕事もある。ただし、bullsh*t jobは公共部門に限ったことではない。例えば、企業内弁護士のように、他社(または競合)が雇っているからのみ存在する仕事もある。企業は、他の企業内弁護士から自分たちを守るために自ら企業内弁護士を雇う。ある日、すべての企業が弁護士を雇うのをやめたとしたら、誰も彼らの必要性を感じないだろう。転職を考えている人、今の仕事を見直したい人、何か面白くて挑発的な本を探している人にお薦めの一冊だ。」(小野先生)

 

2. 人間の絆 |ウィリアム・サマセット・モーム

「この古典的な小説には非常に多くの教訓があり、私は実際にHRMの授業でこの小説の一部を使用している。私たちの多くは、自分が本来何をしたいのかを志す一方で,生活のために何をしなければいけないのかという葛藤に悩まされる。主人公のフィリップは芸術家を志すが、長年の努力の末、自分の才能の限界を痛感し、自分の平凡さを直視することを余儀なくされる。彼は職を転々とし、世の中のほとんどの仕事が目的意識もなく、ひどく退屈であること、またそれしか生きる術がないために行き場を失っている人が多いことに気付く。仕事を通して幸せや意味を見出すなんて、この場合は全く考えられない。

私が前回と今回推薦した2冊の本、安部公房の『砂の女』と『人間の絆』に共通するテーマがあるとすれば、それは「閉塞感」と「服従」だろう。人間の可能性は無限であるというハリウッドのポップカルチャーの理想とは対照的に、人間は自分の能力や状況の枠の中に閉じ込められていると見なされる。人間は、生まれつき大きな野心と期待を抱いていても、人生の経過に伴い、生活のために何をしなければならないか、その制約の中で何ができるかという現実に服従しなければならない。20世紀初頭のイギリスを舞台にしたモームの人間観察・洞察は、現代にも通じるものがあり、不朽の名作といえるだろう。」(小野先生)
 
 

3.  象の消滅 | 村上春樹

「最近、首の痛みがひどくなり、整形外科を受診した。医師は、レントゲン、MRI、血液検査など、一連の検査を行った。演繹的推論、仮説検証の一例である。結果(=首の痛み)は観察できても、その原因が分からないので、逆算しなければいけない。可能性のある説明(=仮説)を洗い出し、それを一つずつ排除して、真実にたどり着く(あるいは少なくともそれに近づく)のである。

村上春樹の短編小説『象の消滅』は、彼の多くの小説と同様、奇異な設定に包まれている。ある日、都会の真ん中にある動物園から、ゾウと飼育係が跡形もなく消えてしまう。不可解な事件ではあるが、ここでも結果(=象が消える)は観察できても、なぜそうなったのかはわからない。ここから、村上春樹流の仮説検証が始まる。象はどうやって消えたのか?読者に可能な限りの説明を示し、この奇妙な結果を導いた原因を解き明かしていく。読者は小説の一ページ目から、村上春樹の神秘的な想像力の世界に引き込まれていく。」(小野先生)
 

* 本書は長編小説ではなく、短編小説です。

小野先生による2020年の推薦図書に関する記事はこちら。*英語のみ

  
Enjoy reading!
 
 

略歴

早稲田大学理工学部卒。野村総合研究所コンサルタントを経て、シカゴ大学大学院社会学研究科博士課程修了、Ph.D取得。Stockholm School of Economics准教授、Texas A&M University准教授を経て現職。現在,Texas A&M University大学院社会学研究科特任教授も務める。

主な著作・翻訳

Ono, Hiroshi and Kristen Schultz Lee. 2016. Redistributing Happiness: How Social Policies Shape Life Satisfaction. Santa Barbara: Praeger.

主な賞

最優秀論文賞 Labor and Employment Relations Association, 2011(for Ono. 2010. “Lifetime employment in Japan: Concepts and measurements.”)

トップ20論文賞 Rosabeth Moss Kanter Award for Excellence in Work-Family Research, 2009 (for Lee and Ono. 2008. “Specialization and happiness in marriage: A U.S.-Japan comparison.”)